なにまでして、仲いいところを見せつけなくったって……。あ、私ですか。」
木谷がキューを取上げると、僕は一人で回想するのである。――当時平川は、お久に一寸気を惹かれて、しげしげカフェーに通ったものだった。その平川に向って、お久はよく伊坂のことを話した。どうも本気らしいから、あたし迷ってる最中だとか、嫌だけれど仕方がないとか、家の近くを夜遅くまでうろつき廻るんだとか……。
「おかしいんだよ君。」と木谷は声も低めずに云うのである。
「伊坂が球撞にこって、夜遅くまで家に戻らないのが、細君は嫌でたまらないらしいんだ。球撞ぐらい、いくらこったってよさそうなものじゃないか。それを、嫉妬……といっちゃ悪いか知れないが、気に病んで、十時頃になると、屹度自分でああして迎いに来るんだそうだ。」
或る時――これは前の方の話だが――伊坂は夜更けまでカフェーの前をうろつき廻っていて、巡査に咎められたことがあったそうである。お久は住み込みの女給になっていたが、そのカフェーが戸を締めて、すっかり寝静まってしまっても、何故か伊坂は付近から立去らなかった。春と云ってもまだ寒い夜のことで、もう人通りも絶えてしまったその
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