呼吸器でも悪そうな風の男で、細面の顔が蒼白かった。始終知らん顔をして、目交え一つしなかったが、二人で並んで出て行った様子を見ると、お久と家をもってるのらしい。
「あの男ね……先刻出ていった……あれは、始終ここに来るのかい。」
 木谷が側に来た時、僕はそう聞いてみた。
「ああ、常連の一人だよ。伊坂といって、球はなかなか強いんだ。」
「伊坂……。」
 ――あの男か。
 お久がカフェーに出ていた頃、始終つけ狙ってる男があった。それがたしか、伊坂というのだった。
「うるさくって、面倒くさくって、本当に仕様がないのよ。……あら、あたしの方は何でもないわよ。」
 平川や僕を相手に、お久はそういって笑っていたのだが……。
「君、知ってるのかい、あの女を。」
 木谷は球を外すと、相手が撞いてる間僕の側にやってきて、薄ら笑いをしながら、いろんなことを饒舌っていった。
「あれは君、伊坂の細君なんだぜ。もとはカフェーに出てたとかいう噂なんだが、家をもっても、どこかそういった様子が残ってるようだね。こんなところにまで、図々しく押しかけて来たりしたりしてね。勿論、自分で来なけりゃ人がいないのかも知れないが、そん
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