その男の、全体の陰鬱な感じと、穏かな微笑とが、別々になって僕に働きかけてきた。その上、向うにお久が澄しこんでることも、始終意識にひっかかってきた。それを、がむしゃらに押しきって、強いばら球ばかりを撞いてやった。
 一回負けて、二回目にはいった時、他方の台の青年は、ゲームを止して帰りかけた。
「行こう。」
 そういう言葉が耳についたので、ちらと見やると、青年のうちの一人が、お久と連れ立って出て行こうとしていた。
 ――なあーんだ。
 二人は見返りもしないで、肩を並べて出て行った。
 僕は二回も負け、こんどは木谷が相手をしようというのを郤けて、球の方は木谷と中年の男とに任したままぼんやり考えこんだ。残された青年の一人が、暫くつっ立って球をいじっていたが、やがてつまらなそうに帰っていった。
 ――彼奴かな。
 お久と一緒に出て行った青年の姿が、初めは気にも留めなかったが、その時になって、はっきり頭の中に描き出された。青年といっても、学生といっても、学生と会社員との中間に当るくらいの年配と様子とで、セルの着物を一枚無造作にひっかけた恰好が、肩の骨立った張り工合から、腰の薄べったい痩せ工合など、
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