つの象牙球が、表面に美しい光の反映を浮べながら、青羅紗の上をつつーと滑ったり、こーんとぶつかったりする、それを眺めてるのが好きなだけだ。
 ――煙草でも吹かして見物するか。
 七八間先は見えないほどの濃霧だった。その中から、天井も壁も真白な広い撞球場の中に飛び込むと、心の眼がぽかっと開いたような工合だった。阿亀の面が、没表情な永遠な笑顔で、天井の一隅から見下している。
 ――ほほう。
 こちらの台で、二人の青年が球を撞いていた。あちらの台では、色の黒い中年の男が、ゲーム取りの女を相手に遊んでいた。
「どうです。」
 木谷はもう僕なんかには構わずに、つかつかとあちらの台の方へ進んでいった。
「やあー、今相手がないものですから……。」
「止しましょうか。」
 男の言葉を引取って、顔はまずいが眼付の甘ったるい女は、ぱっとキュー先で球を乱してしまった。男の黒い顔は、黙ってにやにやしていた。
「何だい、急に……僕が来たからって……。」とは云いながら、木谷はもうキューを取りかけていた。「佐竹君、君先に一つ……。」
「いや僕は、見物の方がいいや。」
「そう。じゃあ失敬して……。」
 そして、木谷と男
前へ 次へ
全15ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング