、時にはがらんとした感じの広間の一方、奥へ通ずる障子の上の欄間に、見事な阿亀《おかめ》の面が、白々と浮出していた。能面の二倍ほどもある大きさのもので、欄間一杯の扇の真中に恵比須《えびす》と大黒との像のはいった小箱をわきにして、にこやかな永遠の笑顔を見せていた。それが、わりに静かな場内の空気のせいか、不思議にも、煙草の煙や撞球の道具などの新世紀風の中に、しっくりと調和して落着いていた。天井の高い広間の明るみの中に、白々と浮出していながら、殆んど人の注意を惹かないくらいまで、安らかに落着き払っていた。
が、或る晩、その阿亀の面が、本当ににこにこっと笑い出した、と云って佐竹謙次郎が、次のような話をした。
風がなくて、霧が深かった。満腹していた。酒の酔が、全身に隈なく廻っていた。うまい煙草でも吹かしたい気持だった。――だから、僕は木谷についていった、もう十時過ぎだというのに。
「十時といったって、撞球場ではまだ宵のうちだぜ。看板は十二時迄だが、大抵一時過ぎになるんだから。」
然し僕は、木谷みたいに、そこの家の常連ではない。それに、撞球はからっ下手でさほどの興味もない。ただ、赤と白との四
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