ら》をつき出《だ》し、踵《かかと》で調子《ちょうし》をとりながら、部屋《へや》の中をぐるぐるまわっていた。自分で作《つく》った歌《うた》をやってみながら、気持《きもち》が悪《わる》くなるほどいつまでもまわっていた。祖父《そふ》はひげをそっていたが、その手《て》をやすめて、しゃぼんだらけな顔をつき出《だ》し、彼の方を眺《なが》めていった。
「何《なに》を歌ってるんだい。」
クリストフは知《し》らないと答えた。
「もう一|度《ど》やってごらん。」と祖父《そふ》はいった。
クリストフはやってみた。だが、どうしてもさっきの節《ふし》が思い出せなかった。でも、祖父《そふ》から注意《ちゅうい》されてるのに得意《とくい》になり、自分のいい声をほめてもらおうと思って、オペラのむずかしい節《ふし》を自己流《じこりゅう》にうたった。しかし祖父《そふ》が聞《き》きたいと思ってるのは、そんなものではなかった。祖父《そふ》は口をつぐんで、もうクリストフに取りあわない風《ふう》をした。それでもやはり、子供《こども》が隣《となり》の部屋《へや》で遊んでいる間、部屋《へや》の戸を半分《はんぶん》開放《あけはな》しにしておいた。
それから数日後《すうじつご》のこと、クリストフは自分のまわりに椅子《いす》をまるくならべて芝居《しばい》へいった時のきれぎれな思《おも》い出《で》をつなぎあわせて作った音楽劇《おんがくげき》を演《えん》じていた。まじめくさった様子で、芝居《しばい》で見た通り、三拍子曲《ミニュエット》の節《ふし》にあわせて、テーブルの上《うえ》にかかっているベートーヴェンの肖像《しょうぞう》に向かい、ダンスの足どりや敬礼《けいれい》をやっていた。そして爪先《つまさき》でぐるっとまわって、ふりむくと、半開《はんびら》きの扉《ドア》の間《あいだ》から、こちらを見ている祖父《そふ》の顔が見えた。祖父に笑われてるような気《き》がした。たいへんきまりが悪《わる》くなって、ぴたりと遊《あそ》びを止《や》めてしまった。そして窓のところへ走っていき、ガラスに顔を押《お》しあてて、何かを夢中《むちゅう》で眺《なが》めてるような風《ふう》をした。しかし、祖父《そふ》は何ともいわないで、彼の方へやって来て抱《だ》いてくれた。クリストフには祖父《そふ》が満足《まんぞく》しているのがよくわかった。彼は小さな自尊
前へ
次へ
全20ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング