、両版はほとんどまったく同一のものであるが、旧版とはずいぶん異なっている。表現の変更などは言うまでもなく、個々の事象にたいする批判の是正さえも多少認めらるる。それで私は、言うまでもないことではあるが、旧訳を廃棄する旨をつけ加えておく。
 さて、以下は前述の作者の緒言である。


       緒言

 ジャン[#「ジャン」に傍点]・クリストフ[#「クリストフ」に傍点]は将《まさ》に三十年を閲《けみ》せんとしている。彼の友であり彼を慈《いつくし》み、普通のとおり彼よりいっそう炯眼《けいがん》である一人の作家が、彼のつつましい揺籃《ようらん》をのぞきこんで、汝《なんじ》は十二、三人の昵懇《じっこん》者の範囲外にふみ出すことはなかろうと予言したときから、彼はずいぶん道を進んだ。縦横に世界を遊歴して、現在ではほとんどあらゆる国語で語っている。彼がその旅から種々雑多な服装をしてもどってくるとき、彼の父親のほうは、それもまた三十年来世界の各通路でひどく足をすりへらしているが、時とすると彼を見分けかねることもある。そこで、父親たる私の両腕に抱かれていたころのごく小さな彼はどういう者であったか、また彼
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