まらなかった。そしてもし彼らを助けることができたとしても、彼らの猜疑《さいぎ》的な自負心はそれを受けいれなかった。いかにしようとも彼は彼らにとって一の他国人だった。そして古い民族のイタリー人にとっては、他国人にたいする歓待の風習にもかかわらず、他国人はみな要するにやはり野蛮人なのである。自国の芸術の惨《みじ》めさは自分たちの間だけで処置すべき問題だと彼らは考えていた。クリストフへ友情のしるしをしきりに見せながらも、彼を自分たちの仲間にはいらせなかった。――かくて彼はなんとすればよかったか? 彼らと対抗して、そのわずかな日向《ひなた》の場所を奪い合うようなことは、さすがになし得なかった……。
 それにまた、天才といえども栄養物なしには済ませない。音楽家は音楽を必要とする――聞くべき音楽と聞かせるべき音楽とを。一時の隠退は精神を強《し》いて沈思せしむるがゆえに有効ではある。しかし精神がふたたびそこから脱出するという条件においてである。孤独は貴《とうと》いものではある。しかしもはやそれから脱する力のない芸術家にとっては致命的である。たとい騒々しい不純な生であろうとも、己《おの》が時代の生を生
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