きなければいけない、たえず与えて受けなければいけない、与えて与えてなお受けなければいけない……。イタリーは昔芸術の大市場であったし、未来にもあるいはふたたびそうなるかもしれないが、クリストフがいたころはそうでなかった。あらゆる国民の魂がたがいに交換される思想の市場は、今や北方に存在している。生きんと欲する者はそこで生きるべきである。
自分のことばかりに没頭していたクリストフは、ふたたび雑踏中にはいるのが嫌《いや》だった。しかしグラチアは彼の義務を彼よりもいっそうはっきりと感じていた。そして彼女は自分についてよりも彼についていっそう求むるところが多かった。それはもちろん彼を自分よりも深く尊重してるからだった。しかしまたそのほうがいっそう便利なからだった。彼女は彼に自分の精力を譲り与えていた。そして自分には平静を保留していた。――彼はそれを彼女に恨むだけの勇気がなかった。彼女はあたかもマリアのようでよい役回りをもっていた。人生においては各人それぞれの役目がある。クリストフの役目は活動することだった。彼女のほうはただ存在してるだけで足りた。彼はそれ以上を少しも彼女に求めなかった。
けれど
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