ただに他を征服することばかりではなく、おのれ自身を征服することをも知っていて、勝利者たるおのれにもっとも厳格なる規律を課し、そして戦場においては、打倒されてる敵の遺物のうちから、おのれの戦利品を正確に選み取り持ち去ることを知っている、それらラテン精神の統制的威力――オリンピア的肖像やラファエロのヴァチカン宮殿壁画などは、ワグナーの音楽よりもいっそう豊富な音楽で、クリストフの心を満たした。晴朗な線と高貴な建築と調和せる群集との音楽。顔と手とかわいい足と衣裳と姿態との完全な美に輝いてる音楽。知力と愛。それら青春の魂と身体とから湧《わ》き出る愛の流れ。精神と意志との力。若々しい愛情と、皮肉な知恵と、有情な肉体の悩ましい温かい香りと、影が消え情熱が眠っている輝かしい微笑。日輪の車の馬のように猛《たけ》り立ちながらも主人の穏やかな手に御せられてる生命の、振るいたったる活力……。
そしてクリストフはみずから尋ねた。
――彼らがなしたように、ローマの力と平和とを結合することは不可能であろうか? 現代においてはもっともすぐれた人々も、この両者の一方を望むときにはかならず他の一方をしりぞけている。こ
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