たる眼の謎《なぞ》の中にも、彼女の眼を見てとった。羊毛のような糸杉のまわりや、光線に貫かれてる黒い光った槲《かしわ》の木立の間に、情を含んで笑ってるローマの空の中にも、彼女の眼を見てとった。
 グラチアの眼を通して、ラテン芸術の意義が彼の心に泌《し》み込んできた。今まで彼はイタリーの作品には無関心でいた。この野蛮な理想主義者、ゲルマンの森からやって来た大熊《おおくま》は、蜜《みつ》のような美しい金色の大理石の快味を、まだ味わうことができなかった。ヴァチカン宮殿の古代像は明らさまに彼と相いれなかった。それらの間抜けた顔つき、あるいは柔弱なあるいは鈍重な釣《つ》り合い、平凡な丸っこい肉づき、それらのジトンや角闘者などに、彼は嫌悪《けんお》の念をいだいた。ようやくわずかな肖像彫刻に趣を見出したばかりだった。しかもそのモデルは彼になんらの興味をも起こさせなかった。また蒼白《あおじろ》い渋め顔のフィレンツェ人や、貧血で肺病質で様子振り悩ましげな、病弱な貴婦人、ラファエロ前派のヴィーナスにたいしても、彼はやはりに気むずかしかった。そして、シスチーナ礼拝堂の実例によって世に盛んになった、汗をかいてる
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