はるかな青い丘陵が、美《うる》わしいアルバーノの山の続きが、鼓動してる心臓のように静かにふくらんでいた。ローマ人の夫婦墓が道に沿って並んでいて、その憂わしい顔と忠実な握手とを、木の葉がくれに示していた。二人は並木道のつきる所に、白い石棺を背にして、薔薇の青葉|棚《だな》の下にすわった。前方には寂しい野が開けていた。深い平和だった。懶《ものう》さに息もたえだえになってるかのような泉が、ゆるやかに水をたれてささやいていた……。二人は小声で話し合った。グラチアの眼は友の眼の上に信じきって注がれていた。クリストフは自分の生活や奮闘や過去の苦しみを語った。しかしそれらはもう悲しみの色を帯びてはしなかった。彼女のそばに彼女の視線の下にあると、すべてが単純で、すべてがあるべきとおりであった……。彼女のほうでもまた話をした。彼は彼女の言ってることをほとんど耳にしなかった。しかし彼女の考えは一つとして彼に働きかけないものはなかった。彼は彼女の魂と結合していた。彼女の眼で物を見ていた。彼は至る所に彼女の眼を、深い火が燃えている彼女の静かな眼を見てとった。古代の彫像のこわれかけてる美しい顔の中にも、その黙々
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