あらゆる誇張は、それがたとい無意識的なものであっても、単純でなく美《うる》わしくない何かのように彼女の気を害した。そういうところから彼女はいつしかクリストフに影響を与えていった。自分の憤激に加えた轡《くつわ》を噛《か》みしめた後、彼はしだいにおのれを押えることができるようになり、いたずらな荒立ちに浪費されることがないだけにいっそう大きな力を、しだいに得てくるようになった。
 二人の魂はいっしょに混和し合っていた。生の楽しみに身を投げ出して微笑《ほほえ》んでるグラチアの半睡状態は、クリストフの精神力に触れて覚めていった。彼女は精神上の事柄に対して、前よりいっそう直接な能動的な興味を覚えてきた。ほとんど書物を読まなかった彼女、と言うよりもむしろ、怠惰な愛着で同じ古い書物を際限もなく読み返していた彼女は、他の種々な思想に好奇心を感じ、やがてそのほうへひきつけられた。近代思想界の豊富さを彼女は知らないではなかったが、そこへ一人で踏み込んで行く気は少しもなかった。ところが今や自分を導いてくれる同伴者ができたので、もうその世界を恐《こわ》がりはしなかった。若いイタリーの偶像破壊者的熱情を長い間きら
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