っていた彼女は、拒みながらもいつしか知らず知らずに、その若いイタリーを理解するところまで引き入れられてしまった。
 しかしこの魂の相互接触の恩恵は、ことに多くクリストフのためになった。人がしばしば見てとるとおり、愛においては弱い者のほうがより多く与える。それは強い者のほうが少なく愛するからではない。強いほどますます多く取ることを要するからである。かくてクリストフは、すでにオリヴィエの精神によって富まされていた。しかしこんどの新しい神秘な結合は、それよりもさらに豊饒《ほうじょう》であった。というのは、オリヴィエがかつて所有しなかったまれな宝を、喜悦を、グラチアは彼にもたらしたのだった。魂と眼との喜悦を、光明を。このラテンの空の微笑みは、ごく賤《いや》しいものの醜さをも包み込み、古い壁の石にも花を咲かせ、悲しみにさえもその静穏な光輝を伝えるのである。
 彼女の伴《とも》としてはちょうど初春があった。新生の夢が、よどんだなま温かい空気の中に醸《かも》されていた。若緑が銀灰色の橄欖樹《オリーヴ》と交じり合っていた。溝渠《こうきょ》の廃址《はいし》の赤黒い迫持《せりもち》の下には白巴旦杏《しろは
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