愛しているんです。」
「私もそうですの。けれどまたそのために、私たちは衝突するかもしれません。」
「そんなことはありません。」
「いいえそうですわ。あるいはそうでなくても、私はあなたのほうが自分よりすぐれていられることを知っていますから、自分のちっぽけな個性であなたの邪魔となるのが気がとがめるでしょう。すると私は自分の個性を押えつけ、口をつぐんでしまって、一人苦しむようになるでしょう。」
 クリストフの眼には涙が浮かんできた。
「おうそんなことは、私は望みません、けっして望みません。あなたが私のせいで私のために苦しまれるくらいなら、むしろ私はどんな不幸にも甘んじます。」
「あまり心を動かしなすってはいけません……。ねえあなた、私はこんなことを申しながら、おそらく自分に媚《こ》びてるのかもしれませんもの……。たぶん私は、自分をあなたの犠牲にするほど善良な女ではないかもしれません。」
「それでけっこうです。」
「でもこんどは、あなたのほうが私の犠牲になられるとしてみます。すると私はやはり自分で苦しむことになるでしょう……。それごらんなさい、どちらにしたって解決がつかないではありませんか。今
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