たれてるある像の上に、一匹の蜥蜴《とかげ》が安らかな胸であえぎながら、じっと日光に浴して我を忘れていた。そしてクリストフは、日の光に頭の中が茫《ぼう》として(時にはまたカステリーの葡萄《ぶどう》酒のせいもあったが、)こわれた大理石像のそばに黒い地面の上にすわり、微笑《ほほえ》みを浮かべうつらうつらと忘却のうちに浸って、ローマの落ち着いた強烈な力を吸い込んだ――夕闇《ゆうやみ》が落ちてくるまで。――すると突然悲しみに心がしめつけられて、悲壮な光が消えてゆくその痛ましい寂寞《せきばく》の地を、彼は逃げ出すのであった。……おう土地よ燃えたってる土地よ、情熱と無言の土地よ、汝の熱《ねつ》っぽい平和の下に、ローマ軍団のらっぱの鳴り響くのが、予には聞こえる。なんという猛然たる生気が、汝の胸のうちにうなってることぞ! なんという覚醒《かくせい》の願望ぞ!

 クリストフが見出したある人々の魂のうちには、古い火の残りが燃えていた。死者の埃《ほこり》の下にその燠《おき》はまだ残っていた。マチィーニの眼とともに消えてしまったと思われるその火はふたたび燃えだしていた。昔と同じ火であった。それを見ようとする者
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