らない前に……。」
 こんどは人声が起こってきた。情熱のこもったある声。アンナの悲痛な眼……。しかし瞬間に、それはもうアンナではなかった。温情に満ちてるあの眼……。
「グラチア、お前なのか?……だれだい、だれだい? 私はもうよく見てとれない……。どうして太陽はこういつまでも出ないんだろう?」
 静かな三つの鐘が鳴った。窓ぎわの雀《すずめ》たちがさえずって、昼食の屑《くず》をもらうべき時間を彼に思い出させようとした……。クリストフは自分の子供のころの室を夢に見た……。鐘が鳴る。夜明けだ! 美しい音の波は軽やかな空気の中を流れてくる。それはごく遠くから、彼方《かなた》の村々からやってくる……。河の響きが家の後ろに起こっている……。クリストフは階段の窓口に肱《ひじ》をついてる自分の姿を思い浮かべた。彼の全|生涯《しょうがい》はライン河のように眼の下に流れていた。全生涯、いろいろな生活、ルイザ、ゴットフリート、オリヴィエ、ザビーネ……。
「母よ、恋人たちよ、友人たちよ……彼らはどういう名前だったかしら?……愛よ、君はどこにいるのか。私の魂たちよ、どこにいるのか。私は君たちがそこにいることを知っ
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