猛禽《もうきん》の倨傲《きょごう》貪欲《どんよく》な面影を刻み込むときには、その地金は変化することがあっても、印刻はそのまま残るものである。もっともイタリー的らしく見えるそれらの相貌《そうぼう》のあるもの、ルイーニ式の微笑、ティツィアーノ式の肉感的な平静な眼差《まなざし》、アドリア海やロンバルディア平原の花は、ラテンの古い土地に移し植えられた北方の灌木《かんぼく》の上に咲いているのだった。ローマの絵具板の上で溶かされた色はどんなものであろうと、それから出て来る色は常にローマの色である。
 クリストフは自分の印象を分析することができずに、多くは凡庸でありあるものは凡庸以下であるそれらの魂から発する、多年の教養と古い文明との香を、わけもなく感心してしまった。そのとらえがたい香はごく些々《ささ》たるものにつながれていた。懇切な優雅さ、意地悪と品位とを保ちながら愛想を見せることのできる、挙措《きょそ》のやさしさ、または、眼差や微笑や、機敏で呑気《のんき》で懐疑的で雑多で軽快である才知などの、高雅な繊細さ。困苦しいものや横柄なものは何もなかった。書物的なものは何もなかった。ここでは、鼻眼鏡越しに
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