うちに崩壊するだろう……。そしてクリストフは、そういう廃墟《はいきょ》をながめやってうち驚き、またそれに少しも心を乱されないのを驚いた。
「俺は生を前ほど愛さなくなったのだろうか?」と彼はびっくりしてみずから怪しんだ。
 しかし彼は自分がいっそう深く生を愛してることをすぐに悟った……。芸術の廃墟に涙をそそげというのか? 否廃墟はそれにも価しない。芸術は自然の上に投げつけられた人間の影である。芸術と人とは太陽にのみ込まれて共に消え失せるがいい! それらは太陽を見ることを妨げるのだ……。自然の広大なる宝はわれわれの指の間から漏れ落ちる。人間の才知は水をとらえようとしても、水は網の目から流れ出る。われわれの音楽は幻影である。われわれの音楽の階段は、音階は、こしらえ物である。それは生ける音楽のいずれにも一致しない。それは実際の音響の間になされた精神の妥協であり、無限の動きにたいするメートル法の適用である。人の精神は不可解なるものを理解せんがために、そういう虚偽を必要とした。その虚偽を信じたかったので信じてしまった。しかしそれは真実のものではない。それは生きてるものではない。そして、人の精神が自
前へ 次へ
全340ページ中326ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング