とも困難な最後の行程がなお残っていることを、彼に思い出さした……。前進せんかな!……
 彼は自分の病床にじっと釘《くぎ》付けになっていた。上の階では一人の馬鹿な女が、幾時間もピアノをかき鳴らしていた。彼女はただ一つの楽曲きり知らなかった。同じ楽句を飽くことなく繰り返していた。彼女にはそれがたいへん楽しみだった。それらの楽句は彼女に、あらゆる色彩の喜びと情緒とを与えた。クリストフにも彼女の幸福はわかった。しかし彼は泣きたいほどそれに悩まされた。少なくともそんなに強くピアノをたたいてさえくれなかったら! 騒音は彼にとっては悪徳にも劣らず嫌《いや》なものだった……。が彼もついにはあきらめた。耳に入れまいとするのは辛《つら》いことだった。けれども思ったほどむずかしいことではなかった。彼は肉体から遠ざかりかけていた。病みほうけた粗末なその肉体……。その中にかくも多年の間こもってきたことは、なんと不名誉なことだろう! 彼は肉体が磨滅《まめつ》してゆくのをながめて、こう考えた。
「もう長くはもつまい。」
 彼は自分の人間的利己心の脈をみるためにみずから尋ねた。
「お前はどちらを望むか、クリストフの記
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