仕事が、一般人の精神を奪っていた。詩人らは怒気を含んだ蔑視《べっし》をいだきながら、蔑視されたおのれの芸術の中に閉じこもっていた。彼らは民衆の生活に自分らを結びつける最後の糸までも絶ち切って、傲然《ごうぜん》と構え込んでいた。彼らは少数の人々のためにばかり書いていた。それは才能が豊かで洗練されしかも無生産的な小貴族の仲間であって、それ自身また気のぬけた芸術通の多くの流派に分かれて対抗しあっていた。そして彼らは自分の閉じこもった狭い範囲内で息苦しがっていた。その範囲を広げることができないで、熱心に深くへと掘り進んでいた。地面が空《むな》しくなるまで掘り返していた。そしてしまいには無秩序な自分の夢想の中におぼれてしまって、その夢想を普及しようとも思わなくなっていた。各自に霧に包まれてその場でもがき苦しんでいた。共通の光明などは少しもなかった。各自に自分自身から光がさすのを待つばかりだった。
それに反して、あちらでは、ラインの彼方《かなた》では、西隣の人々のうちでは、集団的熱情の大いなる凪が、社会一般の颶風《ぐふう》が、時を定めて芸術上に吹き渡っていた。そして、パリーの上にそびえるエッフェ
前へ
次へ
全340ページ中272ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング