は雑多だった。皺《しわ》寄った鋭い眼をし、ヴェネチアの元老のような赤い縁無し帽をかぶってる、自分の船頭である老漁夫――激しい憎悪でくろずんでる獰猛《どうもう》なオセロ風の眼をぎょろつかせながらマカロニーを食べる、無感無情な人物である、唯一の会長者たるミラノ人――料理の盆を運ぶのに、ベルニニの描いた天使のように、首を傾《かし》げ腕や胴をねじらす、料理店の給仕――通行人に青枝付きの香橙《オレンジ》を差し出して路上で物乞《ものご》いをし、追従《ついしょう》的な流し目を使う、聖ヨハネみたいな少年。また、駅馬車の奥に頭を下にして寝そべりながら、鼻唄《はなうた》のいろんな端くれを不意に歌い出す馬車屋をも、彼はよく呼びかけた。カヴァレリア[#「カヴァレリア」に傍点]・ルスチカナ[#「ルスチカナ」に傍点]を小声で歌ってる自分自身にふと気づいて驚いた。旅の目的はまったく忘れてしまっていた。早く目的地へ着いてグラチアに会いたいことも、すっかり忘れていた……。
そしてついにある日、なつかしい彼女の面影が浮かんできた。それを描き出したのは、往来で出会った一つの眼差《まなざし》だったか、荘重な歌うような一つの
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