た。それから後クリストフは、強健な心と確実な足取りとでふたたび人生に立ち帰った。悲観思想の残りの霧と堅忍な魂の灰色と、神秘な明暗の幻覚とは、死の風に吹き払われてしまった。消えてゆく雲の上に虹《にじ》が輝き出していた。涙に洗われたようないっそう滑らかな空の眼差《まなざし》が、雲を通して微笑《ほほえ》んでいた。それは山上の静かな夕ベであった。
[#改ページ]

     四


 ヨーロッパの森の中に潜んでいる大火が燃えだしていた。一方を消しても他方で火の手があがっていた。渦《うず》巻く煙と雨のような火の粉とともに、方々へ飛火してかわいた藪《やぶ》を焼いていた。すでに東方においては、前駆者たる小戦闘が諸国民間の大戦役の序曲を奏していた。ヨーロッパ全体が、昨日までは懐疑的で無感覚で枯れ木のようだったヨーロッパが、火の餌食《えじき》となっていた。戦いの欲望がすべての人の魂をとらえていた。たえず戦争は爆発しかけていた。いくら鎮圧されてもまた頭をもたげてきた。ごくつまらない口実もそれに油を注いだ。戦乱の糸口は偶然事にかかってるのが感ぜられた。人は待ち受けていた。もっとも平和的な人々も必然という感情
前へ 次へ
全340ページ中266ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング