の内生活には雨戸が閉ざされていた。この秋の終わりにはそれがなおいっそう必要だった。三週間引きつづいて絶え間なしに雨が降った。つぎには見通すことのできない一面の灰色の雲がスイスの濡《ぬ》れて震えてる谷間の上にのしかかった。太陽の麗わしい光は眼から消えてしまっていた。太陽のような中心精力を自分のうちに見出すためには、まず完全な暗黒を作って、眼瞼《まぶた》を閉じて、坑道の奥へ、夢想の地下坑の中へ、降りて行かなければならなかった。そこの石炭の中に、滅びた日々の太陽が眠っていた。けれども身をかがめて採掘しながら生を送って、そこからようやく出て来ると、身体は干乾《ひから》び、背骨と膝《ひざ》とは硬《こわ》ばり、手足はゆがみ、夜の鳥のような眼になって視力が曇ってるのだった。幾度となくクリストフは、凍えた心を温《あたた》むる火を、坑道の奥からようやくにして取り出してきた。しかし北方人の夢想には、暖炉の熱の匂《にお》いがある。その中で生きてるときには人はそれに気づかない。人はその重々しい温《ぬく》みを好み、その薄明かりを好み、重苦しい頭の中に積もってる夢を好む。人は自分のもってるものを愛するものだ。自分
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