数と法則とを、汝は有している。夜の大空の野に煌《きら》めく畝《うね》をつける星辰《せいしん》――眼に見えぬ野人の手に扱われる銀の鋤《すき》――その平和を汝はもっている。
音楽よ、清朗なる友よ、下界の太陽の荒々しい光に疲れた眼には、月光のごとき汝の光がいかに快いことであろう! 万人が水を飲まんとて足を踏み込み濁らしてる共同水飲み場から、顔をそむけた魂は、汝の胸に取りすがって、汝の乳房から夢想の乳の流れを吸う。音楽よ、処女なる母親よ、清浄なる胎内にあらゆる情熱を蔵しており、燈心草の色――氷塊を流す淡緑色の水の色――をしている両眼の湖《みずうみ》に、善と悪とを包み込んでいる汝は、悪を超越しまた善を超越している。汝のうちに逃げ込む者は世紀の外に生きる。その日々の連続はただ一つの日にすぎないであろう。すべてを噛《か》み砕く死もかえって己《おの》が歯をこわすであろう。
私の痛める魂をなだめてくれた音楽よ、私の魂を平静に堅固に愉快になしてくれた音楽よ――私の愛であり幸《さち》である者よ――私は汝の純潔なる口に接吻《せっぷん》し、蜜《みつ》のごとき汝の髪に顔を埋め、汝のやさしい掌《たなごころ》
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