を与えるものはない。もっとも冷静な者もその熱に感染する。健全な孤独のうちに多年休息してきたクリストフは、費やすべき多量の力をもって来ていた。フランス精神の勇敢な好奇心が音楽技術の世界にたえずなしつづけている、種々の新しい獲物に彼は富ませられて、こんどは自分でも発見の道に突進していった。そして彼らよりもいっそう猛烈で野蛮だったから、彼らのだれよりもさらに遠くへ進んでいった。しかしその新たな冒険においては、もはや何一つ本能の偶然に委《ゆだ》ねられたものはなかった。彼はもう明確の要求に支配されていた。彼の天才は生涯《しょうがい》中、ある交流的|律動《リズム》に従ってきたのだった。一つの極端から他の極端へと代わる代わる移っていって、両者の間のすべてを包括することが、彼の掟《おきて》であった。前期において彼は、「秩序の覆面を通して輝く渾沌の眼[#「秩序の覆面を通して輝く渾沌の眼」に傍点]」に熱中した後、その眼をなおよく見んために覆面《ヴェール》を引き裂こうとした刹那《せつな》、このたびはその蠱惑《こわく》から脱せんとつとめ、主宰的精神の魔法の網を、スフィンクスの顔にふたたび投げかけようとしていた
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