ことごとくフランスのうちに化身《けしん》せしめていた。他の国民の没落によって運命が栄えるフランスというものを、ヨーロッパの他のすべての国に対立さしてはいなかった。がフランスを他の国々の上に置いて、全部の国々の幸福のために君臨してる正当なる主権者――人類の指導者たる理想の剣としていた。フランスが不正を行なうくらいならば、むしろフランスが滅亡するほうが好ましかった。しかし彼はフランスにたいしていささかも疑念をもっていなかった。彼はその教養も心も徹頭徹尾フランス式であり、フランスの伝統だけに育てられていて、フランス伝統の深い理由を自分の本能のうちに見出していた。他国の思想を生真面目《きまじめ》に否認して、それにたいして軽蔑《けいべつ》的な寛容さをいだいていた。もし他国人がその屈辱的な地位に甘んじないときには、憤慨の念をいだいていた。
 クリストフはそれらのことをみな見てとった。しかしもう年取っているし世馴《よな》れているので、それを少しも気にしなかった。その民族的|傲慢《ごうまん》心は人の気を害するものではあったが、彼は別に心を痛められはしなかった。彼は祖国にたいする赤子の愛から来る幻を考量
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