ら)――けれども優美な姿態には感じやすかった。そして彼が自分の女の友にたいしていだいてるのと同じ感情を、彼にたいしていだいてる(それを彼は少しも気づかなかったが)女たちに、心をひかれていた。彼は彼女に愛情を示そうとつとめた。しかしその愛情を実際にもってはいなかったし、たといもっていてもそれは無意識的な憎悪の激発によってたえず暗くされた。そして彼は愛情を示すことができなかった。彼は胸の中に、善をなしたいというりっぱな心をもってはいたが、また悪をなしたがる暴虐な悪魔をももっていた。その内心の戦いと、自分の有利には戦いを終え得ないという意識とが、彼を駆って暗黙な激昂《げっこう》に陥らしていた。そしてその飛沫《ひまつ》をクリストフは受けたのだった。
 エマニュエルはまたクリストフにたいして、二重の反感をみずから禁じ得なかった。一つは昔の嫉視《しっし》から出てきたものだった。(幼年時代のそういう熱情は、虜囚が忘れられたときにもなおその力が残存しているものである。)も一つは熱烈な国家主義から出て来たものだった。前時代のすぐれた人々によって考えられた正義や憐憫《れんびん》や人類親和などの夢想を、彼は
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