。彼女がエマニュエルに会ったとき、エマニュエルは彼女よりもいっそう不幸で、病気にはかかるし生活の手段もなかった。彼女は彼に一身をささげた。その情熱は彼女には最初のものであり、生涯《しょうがい》にただ一度の恋愛だった。それで彼女は飢えたる者の執念をもってそれにすがりついた。その愛情は受けるよりも与えるほうが少ないエマニュエルにとっては、恐ろしい重荷だった。彼は彼女の献身に心打たれてはいた。彼女は彼にとって女友だちのうちのもっともよいものであり、彼を全世界とも見なして彼なしでは生きられないただ一人の者である、ということを彼は知っていた。しかしその感情がまた彼を圧倒した。彼には自由が必要であり孤独が必要だった。むさぼるように彼の眼つきを求めてる彼女の眼が、うるさく彼につきまとった。彼は彼女に荒々しい口をきいた。
「行っちまえ!」と言ってやりたかった。また彼女の醜さや粗暴さにもいらだたせられた。彼は上流社会を見たことはあまりなかったし、また上流社会にたいして多少|軽蔑《けいべつ》の念を示していた――(なぜなら、上流社会にはいって自分の醜さと滑稽《こっけい》さとがいっそう目立つのを苦にしていたか
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