かったので、すぐに詩人の家へやっていった。彼は何かしたくなるとどうしても待つことができないのだった。
 バティニョール町のある最上階だった。幾つもの扉《とびら》が共通の廊下についていた。クリストフは教わった扉をたたいた。すると隣の扉が開かれた。濃い栗毛《くりげ》の髪を額に乱し、曇った色|艶《つや》をし、眼の鋭い顔のやつれた、少しもきれいでない若い女が、なんの用かと彼に尋ねた。疑念をいだいてるらしい様子だった。彼は訪問の目的を述べ、名前を尋ねられたのでそれを明かした。彼女は自分の室から出て来て、身につけてる鍵《かぎ》で隣の扉を開いた。しかしすぐには彼をはいらせなかった。廊下で待ってるようにと言って、自分一人中にはいりながら彼の鼻先に扉を閉《し》めた。ついに彼はその用心のいい住居の中に通された。食事室になってる半ばがらんとした室を通った。破損した家具が少し並べてあるきりだった。窓掛もない窓ぎわに、十羽余りの小鳥が籠《かご》の中で鳴いていた。そのつぎの室の中に、一人の男が擦《す》れ切れた長|椅子《いす》の上に横たわっていた。そしてクリストフを迎えるために身を起こした。魂の輝きを浮かべてる憔悴
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