に永遠にわたるイーリアスであった。トロイのそれに比ぶれば、アルプス連山とギリシャの小丘との対比に等しかった。
 驕慢《きょうまん》と戦闘行為とのそういう叙事詩は、クリストフの魂のようなヨーロッパ的魂には縁遠かった。それでも、フランス魂の幻像――楯《たて》をもってる窈窕《ようちょう》たる処女、闇《やみ》の中に輝く青い眼のアテネ、労働の女神、類《たぐ》いまれなる芸術家、または、喧騒《けんそう》してる蛮人らを煌々《こうこう》たる鎗でなぎ倒す至上の理性など――のうちに明滅する、かつて愛したことのある見|馴《な》れた一つの眼つきを、一つの微笑を、クリストフは見てとった。けれどその幻像をとらえようとすると、それはすぐに消え失《う》せてしまった。そして彼はいらだってそのあとをいたずらに追っかけながら、ふとあるページをめくってみると、オリヴィエが死ぬる数日前に話してくれた物語を見出した。
 彼は心転倒した。その書物の出版所に駆けつけて詩人の住所を尋ねた。出版所では慣例によってそれを教えてくれなかった。彼は腹をたてたがどうにもできなかった。最後に年鑑によって手掛りを得ようと思いついた。果たしてそれが見つ
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