強く明らかに響くのを、突然聞きとった。

 彼はある本屋の店先で、一冊の詩集を何気なく読んでみた。著者はまだ彼が知らない名前だった。彼はある言葉に心を打たれてひきつけられた。まだ切ってない紙の間を読みつづけてゆくにつれて、聞き覚えのある声が、親しい顔だちが、そこに浮かんでくるような気がした……。彼は自分の感じてることがなんであるかはっきりわからなかったし、またその書物と別れる気にもなれないで、それを買い求めた。家に帰ってまた読み始めた。やはり気をひかれた。その詩の一徹な息吹《いぶ》きは、もろもろの広大な古来の魂――われわれが葉となり果実となってるもろもろの巨大な樹木――もろもろの祖国[#「祖国」に傍点]を、幻覚者がみるような正確さで描き出していた。母なる女神の超人間的な顔貌《がんぼう》が――現今の生者より以前にも存在し、以後にも存在し、ピザンティン式のマドンナに似て、麓《ふもと》には人間の蟻どもが祈ってる山岳のように高く君臨してるものの顔貌が――そのページから現われ出ていた。原始時代から鎗《やり》を交えて戦ってるそれらの偉大な女神らのホメロス式な決闘を、著者はほめたたえていた。それは実
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