いけないのは、身を縛《いまし》めない束縛やのがれ得る義務などをもってることである。
もしジャックリーヌが、自分の小さな家こそ一生の間自分にあてがわれたものだと思っていたならば、彼女はそれをさほど不便にも狭くも感じなくて、それを安楽なものにしようとくふうしたであろう。始めと同じように終わりまでそれを愛したであろう。しかし彼女は、自分は家から外に出ることができると知っていた。そして家の中で息苦しさを覚えた。彼女は反抗することができた。ついには反抗しなければならないと信ずるにいたった。
現時の道徳論者らは、不思議な者どもばかりである。彼らはその観察能力のために全身が萎縮《いしゅく》している。彼らはもはや生活を見ることしか求めない。生活を理解しようとはほとんどせず、生活を欲しようなどとは少しもしない。人間の性質中に現存する事柄を認識し記載するときには、もう自分の仕事はそれで終われりとして、こう言うのである。
「それが事実だ。」
彼らはその事実を変えようとは少しもつとめない。彼らの眼には、存在してるというだけの事実が一つの道徳的価値とでも映じてるらしい。あらゆる弱点はそのまま一種の神聖な権
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