ると、他の悲しみはすべてつまらない馬鹿げたものに感ぜられた。そして、オリヴィエが示してくれるやさしい情愛は、オリヴィエにたいする彼女の愛情をふたたび勢いづけた。数年以前、叔母《おば》マルトの死と楽しい恋愛との間に介在したあの悲しい日々へ、彼女はふたたび連れもどされた気がした。自分は人生にたいして忘恩者であると、彼女は考えた。与えられたわずかなものを奪われないでいることを、人生に感謝すべきであると考えた。そのわずかなものの価が今やわかったので、彼女はそれを妬《ねた》ましげに胸に抱きしめた。喪の悲しみを紛らすために医者から命ぜられて、一時パリーを離れ、オリヴィエとともに旅をし、新婚のころたがいに愛し合った場所へ、一種の巡礼を試みると、彼女はしみじみとした気持になった。消え失《う》せてると思っていたなつかしい愛の面影を、道の曲がり角《かど》などにふたたび見出して、それが過ぎ去るのを眺め、それがまた消え失せる――いつまで? おそらく永遠に?――消え失せるだろうということを知って、二人は憂愁に沈みながら、絶望的な情熱でそれをかき抱いた……。
「残っていてほしい、私たちといっしょに残っていてほしい
前へ 次へ
全339ページ中244ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング