がそういうことを書いた時代から、事情はほとんど変わっていなかった。人物に扮《ふん》する役者のほうがかえって、芸術のモデルとなっていた。成功を博した役者はすぐに、自分の芝居と、阿諛《あゆ》的な仕立屋たる自分の作者と、尺度に合わした自分の脚本を、もつようになるのだった。
文学界の流行となってるそれらの大きな案山子《かがし》のうちに、フランソアーズ・ウードンという女優がクリストフの注意をひいた。彼女はようやく一、二年前からパリーでもてはやされてるのだった。彼女もまたもとより、自分の役を脚本に書いてくれる作家らをもっていた。けれども彼女は、自分のためにこしらえられた作品ばかり演じてはいなかった。彼女のかなり雑多な出し物は、イプセンからサルドゥーに及び、ガブリエル・ダヌンチオから子デューマに及び、バーナード・ショーからアンリー・バタイユにまで及んでいた。時とすると大胆にも、古典文学の六脚詩の大道に踏み込んだりシェイクスピヤの形象の激流に飛び込んだりした。しかしそういう方面では気楽にいかなかった。彼女はいろんな役を演じてはいたが、実はいつも自分一人だけを演じてるのだった。それが彼女の弱みでありま
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