いほうでは通俗小説的なこしらえられた言葉であった。韻文はゲーテのつぎのような警句を裏書きしていた。
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詩は何も言うべきことをもたない人々にとってはよいものである。
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フランス劇の詩は、冗長なこね回した散文にすぎなかった。心情から来るなんらの必要もなしに、技巧をこらした形象がやたらにつみ重ねられてるため、どの真面目《まじめ》な人物もみな虚偽的な様子になっていた。クリストフは、飾りたてた発声法をもってる大仰《おおぎょう》な甘ったるい節回しのイタリー歌劇《オペラ》を重んじなかったが、それらの詩劇をもまた同様に重んじなかった。彼には脚本よりも俳優のほうがはるかに興味深かった。そしてまた、作者のほうも俳優を真似《まね》ようとつとめていた。「俳優の欠点にかたどって作中人物の性格をこしらえるだけの注意がないかぎりは[#「俳優の欠点にかたどって作中人物の性格をこしらえるだけの注意がないかぎりは」に傍点]、脚本が多少の成功をもって演ぜられることは望み得られなかった[#「脚本が多少の成功をもって演ぜられることは望み得られなかった」に傍点]。」ディドゥロー
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