いながら言った。
「確かかね。」
「ああ。くよくよするなよ。」
 オリヴィエは少し安心した。しかしクリストフはちっとも安心できなかった。彼はやたらにしゃべり散らしたことを思い出した。あのとき彼は、すぐにいい気になってしまったのだった。ちょっとの間も人々を疑おうとはしなかった。彼らはいかにも打ち解けてるらしかったし、いかにも彼に好意をもってるらしかった。そして実際そうだった。人は自分がいいことをしてやった相手にたいしては、いつも好意を示すものである。それにクリストフはいかにも打ち明けた喜びを見せたので、その喜びの情が彼らにも伝わっていった。彼の温情的な遠慮なさ、元気|溌溂《はつらつ》たる奇抜さ、非常な食欲、喉《のど》も動かさずに酒を飲み込む早さなどは、アルセーヌ・ガマーシュに不快を与えるはずはなかった。ガマーシュもまた食卓の勇者で、無作法で田舎者《いなかもの》で多血質であって、丈夫でない人々を、食うことも飲むこともできない人々を、パリーのいじけた者どもを、軽蔑《けいべつ》しきっていた。彼は食卓で人を判断していた。で彼はクリストフを高く買った。そして即座に、彼のガルガンチュア[#「ガルガンチュア」に傍点]をオペラ座の歌劇に上演させようと申し込んだ。――(これらフランスの中産者らにとっては、ファウストの劫罰や九つの交響曲[#「ファウストの劫罰や九つの交響曲」に傍点]などを上演することが、当時芸術の極致だった。)――クリストフは、その唐突な考えをおかしがった。そしてガマーシさが、オペラ座の事務所やまた美術局に電話で命令を伝えようとするのを、ようやくのことで引き止めた。――(ガマーシュの言うところによれば、そういうところにいる人々は皆彼の頤使《いし》のままになるらしかった。)――そしてガマーシュの申し出はクリストフに、彼の交響詩ダヴィデ[#「ダヴィデ」に傍点]が先ごろ変なごまかし方をされた事件を思い出さした。で彼は、代議士のルーサンが情婦の門出のために催したダヴィデ公演の詩を、うっかりしゃべってしまった。(第五巻広場の市参照。)ガマーシュはルーサンを少しも好きでなかったから、その話を非常に愉快がった。クリストフは豊富な酒と聴《き》き手の同情とに元気づいて、多少無遠慮な他の話までもち出した。それらの話を聴き手たちは一言も聞きもらさなかった。ただクリストフだけが、食卓を離れるとも
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