つもりで――なかなか実現できないことは自分でもわかっていたが、いつもりっぱな倹約の計画をたてていた。そしては金を残し得ないことをみずから笑っていた。アルノーは自分で自分を慰めた。愛妻と、それから研究と内心の喜びとの生活だけで、彼には十分だった。細君もそれで十分ではなかったろうか?――十分だと彼女は言っていた。多少彼女の上にも及んできて生活を輝かし安楽をもたらすようなある名声を、もし夫がもち得たらうれしいだろうということを、彼女は言い得なかった。内心の喜びはりっぱなものではある。しかし外部の多少の栄光も、時にはきわめてうれしいものだ!……しかし彼女は内気だったので何にも言わなかった。そのうえ、彼がもし名声を得ようと欲しても果たして得られるかどうかわからないことを、彼女はよく知っていた。今からではもう時期遅れだ!……彼らのもっとも残念なのは子供のないことだった。それを彼らはたがいに隠していた。そしてたがいにますます愛情深くなっていた。憐《あわ》れにもたがいに相手の許しを求めてるがようなものだった。アルノー夫人は親切で情愛に厚かった。エルスベルゼ夫人とも喜んで交際したに違いない。しかしまだな
前へ
次へ
全333ページ中97ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング