慮している。――さらに下方、山の麓《ふもと》には、断崖《だんがい》の間の狭い隘路《あいろ》に、際限なき戦い、抽象的な観念や盲目的な本能などの狂信者たち。彼らはたがいに猛然と取っ組み合っていて、両方より迫ってる岩壁の彼方に、上方に、何があるかを夢にも気づかないでいる。――さらに下方には、沼沢と寝藁《ねわら》の中にころがってる家畜ども。――そして至る所に、あちらこちらに、山腹に沿って、芸術の新鮮な花、音楽の香り高い苺《いちご》、泉や小鳥の詩歌。
 クリストフはオリヴィエに尋ねた。
「君の国の民衆はどこにいるのか。僕の眼に見えるのは、善良なあるいは害悪な優秀者どもばかりだ。」
 オリヴィエは答えた。
「民衆か? 民衆は自分の庭を耕しているのだ。彼らはわれわれのことを気にかけはしない。優秀者どもの各団体は、彼らを占有しようと試みるが、彼らはそのいずれにも気を止めはしない。近ごろまで彼らは、少なくとも気晴らしのために、いかさま政治家の口上になお耳を貸していた。しかし今ではもう構いつけはしない。選挙権を行使しない者が幾百万あるかわからない。各政党がいかほどたがいに頭をなぐり合っても、彼らの畑を踏み
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