そうにもなかった。彼らは例によって世界の給養者にすぎなかった。
クリストフはこのフランス音楽の進取の気に感嘆した。昨日再生したばかりなのに、今日はすでに芸術の前衛として進んでいた。その華美な細そりした身体のうちにいかに大なる勇気があったことだろう! クリストフはその音楽のうちに先ごろ見てとっていた愚昧《ぐまい》さにたいしても、寛大とならざるを得なかった。けっして誤ることのないのは何事もなさない者ばかりである。生きたる真理のほうへ邁進《まいしん》する誤謬《ごびゅう》は、死んだ真理よりもいっそう豊饒《ほうじょう》である。
その結果はいかがであろうとも、実に驚くべき努力であった。最近三十五年間になされた仕事を、一八七〇年以前のむなしい眠りからフランス音楽を脱せしめんために費やされた精力の量を、オリヴィエはクリストフに示してやった。音楽の学校も、深い教養も、伝統も、大家も、聴衆も、何もなかったのだ。ただベルリオーズ一人のみだったがそれさえ呼吸困難と倦怠《けんたい》とに死にかかっていたのだ。そして今やクリストフは、国民を向上させるために働いた人々にたいして、尊敬の念を感じた。彼らの審美眼の狭
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