「の用意をしていた。数年来、平和主義的な反軍国主義的な理論が、国民のもっとも高尚な分子ともっとも卑賤《ひせん》な分子とによって宣伝されて、しだいに広がっていた。国家はそれを長い間放任していた。およそ政治家らの利害に直接関係のない事柄はみな、懶惰《らんだ》な道楽趣味から放任しておいたのである。そして、もっとも危険な理論が国民の血脈中に流れ込んで、準備されてる戦争をそこで根絶やそうとしてるのを、打ち捨てておくことよりも、その理論を直截《ちょくせつ》に支持することのほうが、危険の度は少ないだろうということを、少しも考えてはいなかった。その理論は、いっそう正しいいっそう人間的な世界を目ざして協力しながら、親睦《しんぼく》なヨーロッパを打ち建てんと夢想してる、自由な知力の人々に話しかけていた。それからまた、だれのためにもなんのためにもわずかな危険さえ冒したがらない、下劣な人々の卑怯《ひきょう》な利己心へも話しかけていた。――その思想は、オリヴィエや多くの友だちにも伝わっていた。クリストフは家の中で、一、二度、人々の会談を聞いて呆然《ぼうぜん》としてしまった。人のよいモークは、人道主義的な空想でい
前へ
次へ
全333ページ中288ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング