メsとう》様が何を読んでいられたか御存じですか。あれはヴェールさんの書物ですよ。」
クリストフはうれしくなった。
「そしてなんとおっしゃっていましたか。」
「この畜生め!……と言っていらしたわ。でもそれを手放しかねていらっしゃるのよ。」
クリストフはそのことについては、少佐に会ってもなんとも言わなかった。少佐のほうから彼に尋ねてきた。
「あのユダヤ人のことで僕をいじめなくなったのは、どうしたわけですか。」
「もうそれに及ばないからです。」とクリストフは言った。
「なぜ?」と少佐はむきになって尋ねた。
クリストフは答えないで、笑いながら帰っていった。
オリヴィエが言ったことは道理だった。人が他人に働きかけるのは、言葉によってではない。その存在によってである。眼つきや身振りや清朗な魂の無音の接触によって、自分のまわりに慰撫《いぶ》的な空気を光被してる人たちが世にはある。クリストフは生命の気を光被していた。それはこの麻痺《まひ》した家の古い壁や閉《し》め切られた窓を通して、春の暖気のようにごく徐々にさし込んでいった。そして、悲しみや弱さや孤独のために、数年来腐食され涸渇《こかつ》さ
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