かし年少の利己心に打ち負けた。彼は劇場へ行った。が一度そこへはいると自責の念にとらえられた。見物してる間そのことばかり考えていた。彼の喜びは害されるのだった。ある日曜日に、彼は姉に勧められてシャートレー座の音楽会へ出かけたが、三十分ばかりするともどって来た。サン・ミシェル橋まで行くと、もうそれより先へ行く勇気がなくなった、と彼はアントアネットへ言った。アントアネットにとっては、弟が自分のために日曜の娯楽を廃してしまったことは、悲しくもあったがまた非常に心うれしかった。オリヴィエは別に遺憾とはしなかった。家にもどって来て、姉の顔が包みきれぬ喜びに輝くのを見ると、いかにりっぱな音楽を聴《き》くよりもいっそう幸福な気がした。二人はその日曜の午後を、窓のそばに向き合ってすわりながら過ごした。彼は書物を手にし彼女は仕事を手にしていたが、どちらもほとんど縫いも読みもせず、たがいの身に関係のないなんでもないことを話し合った。かつて日曜がこんなに楽しく思われたことはなかった。これから二人いっしょでなければ音楽会へも行かないという気になった。もはや二人は一人一人で幸福を味わうことができなくなった。
 彼
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