感ずるあの愛情を、彼らは彼女にたいして覚えたのだった。弟といっしょにどこに住んでるか、どういうふうに暮らしてるか、などと彼らは尋ねかけてきた。彼女は答えを避け、ふたたび返済証を求め、急いでると言い、冷やかに挨拶《あいさつ》をし、そして立ち去った。ポアイエの人たちは、彼女のそういう恩知らずの態度を憤慨した。
かくてアントアネットは心にかかってた思いを晴らしたが、やはり同じ倹約の生活をつづけた。それも今では弟のためにだった。ただ彼女は、弟に知られまいといっそう隠しぬいた。自分の身のまわりを節約し、ときには食べ物を節してまで、弟の服装《みなり》や娯楽のためをはかり、その生活を多少なりと楽しく派手やかにしてやり、ときには音楽会や音楽劇に行くこと――それがオリヴィエの最大の喜びだった――を得させようとした。彼は姉を連れずに一人で行くことを好まなかった。しかし彼女は種々な口実を設けて、いっしょに行かないようにし、また彼に心苦しい思いをさせないようにした。たいへん疲れてると言ったり、外に出かけたくないと言った。音楽は退屈だとまで言った。彼はそういう愛情のこもった嘘《うそ》にだまされはしなかった。し
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