うとしたが、彼女は承知しなかった)――弟の勉強を母親みたいに監督した。その感じやすい少年の気持を害さないようにいつも注意しながら、学課を暗誦《あんしょう》させ、宿題を読んでやり、調べてやることさえあった。食卓と勉強机とに兼用してるただ一つのテーブルで、二人は晩を過ごした。彼は宿題をし、彼女は縫い物か写し物かをした。彼が寝てしまうと、彼女は彼の服の手入れをしたり、または自分の勉強をした。
 とやかく暮らしてゆくのでさえ非常に困難ではあったが、二人はたがいに心を合わして、貯《たくわ》えることのできる金はまず何よりも、母がポアイエ家から借りてる負債を返すのにあてることとした。それはポアイエ家の人たちがうるさい債権者だからというのではなかった。彼らからは風の便《たよ》りもなかった。彼らはその貸し金をまったく失ったものだと思って、もう念頭においてはいなかった。それだけの金で、不名誉な親戚を厄介《やっかい》払いしたことを、心では喜んでいた。しかし二人の子供の方から言えば、軽蔑《けいべつ》すべきその連中に母親が何かの借りがあることは、自尊心と孝行心との上から苦しかった。二人は不自由を忍び、少しの慰み
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