誤に駆られて、二、三年間の狂愚な行ないのために、全生涯をふたたび回復し得られないほど害して、まったく駄目《だめ》になってしまうあの恐るべき年ごろを、危機の年齢を、彼もまた通っていた。彼がもし自分の考えにふける隙《ひま》があったら、落胆か遊蕩《ゆうとう》かに陥ったかもしれない。彼は自分のうちを内省するたびごとに、病的な夢想に、人生にたいする嫌悪《けんお》、パリーにたいする嫌悪、いっしょに入り交って腐ってゆく無数の人間の、きたない発酵にたいする嫌悪の情に、いつもとらわれるのであった。しかし姉を見ると、その悪夢は消え失《う》せてしまった。そして、彼女は彼を生かさんがためにのみ生きていたから、彼も生きる気になった、心ならずも幸福になりたい気になった……。
かくて、堅忍と宗教と高尚な願望とでできてる熱い信念の上に、彼らの生活はうち立てられた。二人の子供の全存在は、オリヴィエの成功というただ一つの目的へ向けられた。アントアネットはいかなる仕事をもいかなる屈辱をも甘受した。彼女は方々の家庭教師をした。ほとんど召使同様に取り扱われた。女中みたいに教え子の散歩の供をし、ドイツ語を教えるという名目で、
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