もどってくるのは、それが初めてではなかった。子供たちはもうそれに驚かなくなっていた。彼らといっしょに彼女は無理にすぐ食卓へついた。暑苦しくて子供たちは二人とも食べ物が喉《のど》に通らなかった。肉の切れや味のない水を二口三口いやいや飲み込むのも、やっとのことだった。気分がなおる余裕を母に与えるため話もしなかった――(話したくもなかった)――そして窓をながめていた。
 突然ジャンナン夫人は、両手を動かし、食卓へしがみつき、子供たちをながめ、うめき声を出し、そしてがっくりとなった。アントアネットとオリヴィエはそのまに駆け寄って、彼女を腕に抱き止めた。二人は狂人のようになって、叫び願った。
「お母《かあ》さん! ねえお母さん!」
 しかし彼女はもう返辞をしなかった。子供たちは思慮を失った。アントアネットは母の身体をひしと抱きしめ、接吻《せっぷん》をし名を呼んだ。オリヴィエは部屋の扉《とびら》を開いて叫んだ。
「助けて――!」
 門番の女が階段を上って来た。そして様子を見て取ると、近くの医者へ駆けていった。しかし医者が来たときには、もう駄目《だめ》だと認めるよりほかはなかった。頓死《とんし》だっ
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