ほど彼女は他の種々なことを考えていた)――ひどい小言をくった。そして夜中ごろまで書きつづけて、眼を真赤《まっか》にして身体を疲らしきった後、書き上げたものが受け付けられないこともあった。彼女は途方にくれてもどってきた。どうしていいかわからないで、幾日も溜息《ためいき》ばかりもらしていた。長い前から苦しんでいた心臓の病が、難儀のために重くなって、不吉な予感を彼女に覚えさせた。ときとするともう死にかかってるかのように、胸が苦しくなったり息がつまったりした。出かけるときにはいつも、もしや往来で倒れるようなことになったらと思って、名前と住所を書いてポケットに入れておいた。もしここで死んだらどうなるだろう? アントアネットは無理にも平気を装いながら、できるだけ母を支持していた。身体を大事にするように母へ勧め、自分を代わりに働かしてくれと頼んだ。しかしジャンナン夫人は、自分が今苦しんでる屈辱をせめて娘には経験させまいということを、自分の最後のわずかな誇りとしていた。
彼女は刻苦精励しなおその上に費用を節約したが、それでもうまくゆかなかった。彼女の所得だけでは一家の生活をささえるに足りなかった。取
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