殺を手きびしく非難した。ジャンナン夫人は夫を弁護した。上院議員は言い進んだ。銀行家のあの行動は不正直から出たことではないが、愚昧《ぐまい》から出たことは明らかである。彼は馬鹿者であり迂闊者《うかつもの》であって、だれにも相談せず、だれの意見にも耳を傾けず、自分一人の考えでばかり事を行なおうとしたのだ。それでも、彼が一人で没落したのなら、何も言うことはない。当然のことだから。しかし――他人をも没落のうちに引き込んだことは言うまでもなく――妻と子供たちとを困窮のうちに投じておいて、なんとかやってゆくままに打ち捨てて置きざりにしたこと……それは、聖者のようなジャンナン夫人の眼から見たら許されもしようが、しかしこの上院議員は、聖者(saint)ではなくて、単に健全(sain)なる人間――健全で思慮あり理性ある人間――であることを誇りとしているので、許すべきなんらの理由をももってはいない。そんな場合に自殺するような男は、悪い奴《やつ》だというべきである。ただジャンナンを弁護し得る唯一の酌量すべき事情は、彼にまったく責任があるのではなかったということである。そこで、上院議員はジャンナン夫人に向かっ
前へ
次へ
全197ページ中81ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング