返し、もうひき終えるにも終えられなくなってるのに、みずから気づいてまごついたが、しまいにぴったりひきやめて、正しくない和音を二度ひき、間違った和音をも一つつけ加えて、それで終わりとしてしまった。ポアイエ氏は言った。
「すてきだ!」
そして彼はコーヒーを求めた。
ポアイエ夫人は、自分の娘はピュノーについて稽古《けいこ》を受けてると言った。「ピュノーに稽古を受けてる」令嬢は、言った。
「たいへんお上手《じょうず》ね、あなたは。」
そしてアントアネットがどこで学んだか尋ねた。
会話は困難になってきた。客間の装飾品やポアイエの夫人令嬢らの服装など、興味ある話題は話しつくされてしまっていた。ジャンナン夫人は心の中でくり返した。
「今が話すときだ。話さなければならない……。」
そして彼女はもじもじしていた。ついに元気を出して話そうと決心しかけると、ポアイエ夫人はちょうどそのおりに、残念だが私どもは九時半に出かけなければならないと、別に許しを求めようともしない調子で言い出した。遅らすことのできない招待を受けてるのだった……。ジャンナンの人たちは気を悪くして、すぐに立ち上がって帰ろうとした。
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